第31回 工学研究科 D2 伊藤 悠真さん

写真:伊藤 悠真さん

取材日 2015年12月14日

第31回研究室訪問は、笑顔が素敵な伊藤悠真さんにお話を伺いました。伊藤さんは、公益社団法人日本船舶海洋工学会において、30歳以下の若手研究者の研究奨励を目的に設けられている若手優秀講演賞を受賞しています。
インタビューでは、飛行機への熱い思いやインターンシップの経験などをお話しいただき、今後の展望についても伺いました。

研究内容:地面効果翼機の実用化に向けて

現在行っているのは、地面効果翼機の実用化に向け、空力の観点から、抵抗が少ない機体形状について研究しています。「地面効果」と言う現象は翼が低高度を飛行したときに翼の性能が飛躍的に向上する現象です。これを輸送機器に適用することで、海面近くを高速で飛行する航空機の実現が期待できます。
地面効果に関しては、すでに多くの研究者によって研究されていますが、私の研究は、空力だけでなく水との相互干渉を考慮しながら地面効果翼機の機体形状を設計し、その機体性能を調査しています。

〇地面効果翼機って何?―飛行機と船の中間の輸送機関
地面効果翼機は、船やホバークラフトと比べて、かなり速度が速い乗り物で「海の上を走る新幹線」といった立ち位置です。平均時速200~300キロを目指しており、飛行機と船の間を担う高速海上輸送機関として活躍できます。実機のサイズは中型旅客機くらいの大きさで、全長20~30mを想定しています。船と同様に海を移動しますが、翼が付いているので飛ぶことが可能で約5m上空を低空飛行します。もちろん、危険に備えて高く飛行することも可能です。
この地面効果翼機は離島間の輸送に効果的であると考えられ、日本以外では、主に韓国、インドネシアや中国など主にアジアの国々で盛んに研究されています。
これまでの地面効果翼機は、1960年代くらいから軍用機の開発を目的とし、旧ソ連が中心となって開発されていたのですが、実は実用化の例はあまりありません。旧ソ連で軍用として開発された機体は製造コストを度外視しておりとても商用化できるものではありませんでした。
そのため、商用化に向けて、いかに安く機体を作り、燃費を良くし、そして環境に配慮したクリーンなエンジンを使えるか、ということが重要となっています。この技術は現状では難しく、研究すべき課題となっています。

〇シミュレーションと実験、双方大切
私の研究分野は、シミュレーションと検証実験の双方が必要であり、それらの結果が一致して初めて、研究成果として認められます。
私は修士課程1年時に研究していた際は、シミュレーションと実験結果が一致せず、本当に苦労しました。実験結果は正しいという固定概念があり、シミュレーション、つまり自分がやった計算が間違っているのではないかと思い、長い間シミュレーションの中に打開策があると信じ悩み続けていました。
しかし、いくら考え直しても計算の方に間違いがあるとは考えられなかったので、実験のやり方を一から考え直すことにしました。その結果、実験施設の側壁が影響したために結果にずれが生じていたことが分かりました。この側壁の影響をブロッケージ影響といいますが、これに気づくのに1年近くかかりました…。シミュレーションを作ることも難しいのですが、妥当な実験結果を得ることもまた難しく、工夫が必要です。原因が分かって実験とシミュレーションがぴったり一致したときは感動しました。この経験から、様々な研究者に引用されるような良い実験結果を得るためにすべての作業を丁寧に行うことを心がけています。

写真:実験施設にて説明している伊藤さん

写真:実験施設にて説明している伊藤さん

学部時代は鳥人間コンテストに出場!

大学に入学したときから飛行機に関心があって、飛行機の研究がしたいとずっと思っていました。
飛行機 好きが高じた私は、人力飛行機の設計製作活動[1]に参加し、仲間と協力して人力飛行機を作り、鳥人間コンテスト出場を目指しました。1年から4年生まで 毎年取り組み、3年の時にはチームリーダーを務めました。2010年の鳥人間コンテストでは、人力プロペラ機ディスタンス部門に出場し広島大学のこれまで の最高飛行記録を更新することができました。
機体を設計するに当たり、私は空力設計を担当していましたが、これがすごく楽しくて没頭してしまいま した。学部の時は人力飛行機を作ることがメインだったので解析ツールを使っているだけでしたが、次第に解析ツールのコアとなる理論をもっと学びたいと思う ようになり、学部4年生の研究室配属の時に人力飛行機製作の技術指導をしていただいていた岩下英嗣先生の研究室を選択しました。「ぜひ飛行機に関する研究 をやらせてください!」と先生に言ったことを覚えています。

進学への迷いはなかった!

私の所属している研究室は、学部卒で就職する人も多いのですが、私自身は修士課程に進学する際の迷いはまったくありませんでした。むしろ、「修士課程は是非行きたい」、と思っていました。
しかし先ほど述べたように、修士課程1年の時はシミュレーションと実験が一致しなかったので、修士課程2年の夏前までは学会に行くことも論文を投稿することもできませんでした。当時はちょっと心が折れそうになっていたのですが、悩んで考え抜いた先に結果が出たので、大きな喜びを感じました。そこが分岐点だったと思います。そこから、もっとこんな研究ができるんじゃないか、と考えが膨らみ始めました。
博士課程後期への進学は、自分の研究を終わらせたくない、研究蓄積が出来ていろいろなことが分かってきたところなのにもったいない、という気持ちが大きく、進学を決断しました。また、指導教員の先生や共同研究を行っている他大学の船舶学系の先生などからの後押しも大きかったです。

研究室の状況

研究室は、2人の指導教員のもとで、学部生と修士課程の学生を合わせて12人おり、博士課程は私と中国人のドクターが一人います。私と同じ先生の下で研究しているのはそのうち4人位です。実験には毎回人手が要りますが、研究室の人数があまり多くないため、総出で助け合いながら実験を行っています。
ゼミは特になく、基本的には学生の自主性に任せられています。自分で研究・実験をしてその結果を先生に見せて、問題点や今後の研究について議論するというスタイルです。そのため、自分でスケジュールを組まないと研究はなかなか進みません。ある程度結果を出し、先生を説得するに足りる資料を作成してから、話をしに行くことを心掛けています。
現在、研究室のメンバーが少ないので、これからたくさん4年生に入ってきてもらうことを期待しています。実験は大掛かりのため、人数を要します。特に船の実験を行う際には、最低5人の人出が必要です。船は模型が80キロほどあり、機械の操作担当、解析担当などに加え、力仕事も必要だからです。
できれば大学院まで残ってくれる学部生が3人くらいいると助かるなと期待しています。

写真:風洞実験施設にて研究室の仲間と

写真:風洞実験施設にて研究室の仲間と

インターンシップの経験

航空エンジンの製造会社である株式会社IHI航空宇宙事業本部に2015年5月から7月までの2か月間でインターンシップ[2]に行きました。
私はこれまで機体の空力に関する研究を行ってきたのですが、インターンシップ先で航空エンジンの研究部門を目の当たりにしてからは、エンジンの研究開発にも強く惹かれています。飛行機はエンジンがなければ飛びませんし、航空エンジンは巨大な機体を浮かすだけのパワーを備え、軽く、そして信頼性を維持して作らなければならないことからも究極的な製品だなと感じています
研究の進め方は学術機関も企業もあまり変わらないと思いましたが、インターンシップ先の企業は、専門家がたくさんいらっしゃったので、分からないことがあってもすぐに解決することができました。現在は、わからないことがあったらとりあえず自分で考える、もしくは調べることが多いです。自分で解決するのも大切ですが、研究者同士でディスカッションをしたりすることができるというのは、とても良い環境だなと思いました。

博士号取得に向けての課題

これまでの研究では翼単体を主な研究対象にしていたのですが、実用化を目指すには、機体を飛ばしたときにどのような運動をするかを調査することが必要不可欠です。博士課程後期3年に向けては、機体周りの空気場と波との関係性を明らかにし、地面効果ないでの飛行運動を調査したいと思っています。
そのためには、水面との干渉、つまり、波の上を飛んだ時にどうなるのか、という研究を行わなければなりません。空気と水では密度が約800倍違うので、水面と接した時の衝撃もそれだけ大きいことになります。過去には、着水の衝撃で胴体が割れたという事例も報告されており、海水面に接触した時に備えて、その衝撃に耐えうる機体を作らないといけません。
残り1年は、海水面上で着水した際の衝撃がどうなるか、波の力に対してどのような機体を作っていくか、という研究を行い、学部時代から続く自分の研究を締めくくりたいと考えています。

今後の展望:航空関係で働きたい!

これまでの研究で翼形状や船体形状に着目し、流体性能を良くするための研究を行ってきました。それを実際の産業界でものづくりに生かしたいと考えています。卒業後は、インターンシップ先の企業に就職します。昔から夢見ていた航空宇宙分野での就職が決まりとても楽しみです。航空エンジンは様々な技術の集合体ですので、これまで培ってきた流体の知識に加えて、材料や熱、制御に関する幅広い知識を身につけ、一流のエンジニアになりたいと思います。将来自分の携わったエンジンで航空機が飛ぶところを見られるよう、頑張りたいと思います。

[1]広島大学HUES公式HP(http://birdman.hiroshima-u.ac.jp/)

取材者:二宮 舞子(総合科学研究科 総合科学専攻 社会環境領域 博士課程前期2年)


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